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東京高等裁判所 平成6年(う)293号 判決 1994年7月12日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の刑に算入する。

理由

一  本件控訴の趣意は、弁護人土居範行作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

二  控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

1  所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、原判決は、原判示第一の覚せい剤使用の犯行について、被告人が平成五年一月二日の犯行時点において心神喪失ないし心神耗弱の状態になかつたと認められるとし、しかも、右犯行の犯意形成の時期を平成四年一二月二九日とした上で、犯意形成以降犯行に至るまで終始心神喪失ないし心神耗弱の状態にあつたとはいえないので、完全な刑事責任を問えるとし、また、原判示第二の覚せい剤所持の犯行については、平成五年一月二日の犯行時点では被告人が心神耗弱の状態にあつた可能性もあるとしながら、その犯意形成の時期を同じく平成四年一二月二九日とした上で、犯意形成以降犯行に至るまで終始心神喪失ないし心神耗弱の状態にあつたものではないと認定し、完全な責任能力を肯定している。しかし、被告人は、平成五年一月二日に覚せい剤を使用したときには心神耗弱の状態にあつたものである。この点、原判決のように、たとえ実行行為時に心神喪失ないし心神耗弱であつても犯意形成時に責任能力があれば刑事責任を問いうるという考えによるとしても、犯意形成時の意思は、その後の実行行為を支配していると評価できるほど強固なものでなければならず、また、犯意形成後実行行為に至るまで連続したものでなければならないはずであるのに、被告人は、本件覚せい剤の使用に至るまで、幻覚妄想にとりつかれた異常な行動に出たりしており、一二月二九日に形成された意思は一月二日の使用時にはすでに断絶していたと認められるのである。また、原判示第二の覚せい剤所持の時点である一月二日午後〇時過ぎころには、被告人は、心神喪失の状態にあつたものと認められ、一二月二九日に所持の犯意が形成されたとしても、その後心神喪失ないし心神耗弱の状態に陥ることにより、形成された犯意は、一月二日の午後〇時過ぎころにはすでに断絶していたと認められる。したがつて、原判示第一及び同第二の各犯行について、いずれも被告人に完全な責任能力があると認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実認定の誤りがある、というのである。

2(一)  そこで、原審記録を調査して検討すると、まず、関係各証拠によれば、次のような事実が客観的に明らかである。すなわち、

(1) 被告人は、平成五年一月一日当時、肩書住居に住み、横浜市内の新聞拡張団に所属し、新聞拡張員として働いていたが、年末年始に仕事が休みになることから、いわゆるアルバイトをして金を稼ごうと考え、同日午後六時ころ、東京都新宿区《番地略》所在の麻雀店「乙山」を訪れ、履歴書を差し出すなどしてアルバイト店員としての雇い入れを申し込み、店長の面接を受けて雇い入れられることになり、そのころから午後一〇時ころまで、同店内において、お茶汲み、掃除などをして働いたこと

(2) 被告人は、同日午後一〇時半ころ、同店の店員Aに案内されて、同店の寮である同都渋谷区《番地略》所在の丙川新都心マンション四〇五号室に行き、しばらくAや居合わせたもう一人の店員と世間話などした後、翌二日午前一時ころ、同室内のベッドに入つて就寝したこと

(3) 被告人は、同日午前六時ころ、目を覚ましたが、ベッドの上に座り込んで、ぶつぶつ独り言を言つたり、大声を出したりし、これに気付いたAから「何を言つているんだ。どうしたんだ」などと声をかけられた際には、一瞬静かになつたものの、目が吊り上がつたような顔付きになつたりし、二時間ばかり独り言を繰り返したりしていたこと

(4) 被告人は、同日午前九時三〇分ころ、Aから「そろそろ店に行くぞ」などと声をかけられたが、「あとから行くから、先に行つてくれ」などと言つて、そのままベッドの上に留まつていたこと

(5) 被告人は、その際、ビニール袋入りの覚せい剤一袋と注射器一式を隠し持つていたこと、そして、被告人は、Aが出かけた後、間もなく、ズボンのポケットから右覚せい剤一袋と注射器を取り出し、覚せい剤〇・〇五グラム位を注射筒に入れ、台所に行つて水道の水を注射器で吸い上げて、一シーシーの注射器の四分の一位の量の覚せい剤の水溶液を作つたが、注射はせず、注射筒の中の覚せい剤の水溶液を口に注ぎ込んで、これを飲み干したこと

(6) 警視庁新宿警察署新宿駅東口派出所勤務の宮下登巡査らは、同日午前一一時三五分ころ、同駅ビルの地下一階で男が暴れている旨の連絡を受けて、JR新宿駅東口マイシティー地下一階の現場に赴いたところ、被告人が腕を振り回して暴れていたこと

(7) 被告人は、宮下巡査らに「どうしたんだ」などと質問されたのに対しても、「殺される。日本は滅びる」などと意味不明のことを大声で叫んだりするだけであつたため、宮下巡査らから、精神の錯乱した状態にあるものと考えられて、被告人の両腕を押さえられるなどして、右東口派出所まで同行され、さらに、同派出所内でも、被告人が両手を振り回したり、机などを蹴るなどして暴れたことから、手錠や保護バンドで保護拘束を受け、いわゆるパトカーで新宿警察署に同行されたこと

(8) 被告人は、同日午後〇時一三分ころ、同警察署内において、警察官らによる所持品検査を受け、その際、被告人の着用するスエットパンツの左ポケット内に入れていたビニール袋入りの覚せい剤一袋(塩酸フエニルメチルアミノプロパンの結晶約四・三四九グラム)を見付けられ、また、ズボンの右後ろポケットから財布の中に入れた注射器一式を発見され、その後間もなく、宮下巡査らによつて、覚せい剤所持の現行犯人として逮捕されたこと

(9) 被告人は、同月三日午後三時一〇分ころ、警察官らの求めに応じて任意に尿を提出し、その後、警視庁科学捜査研究所の技官の鑑定によつて、右尿中からフエニルメチルアミノプロパンが検出されたこと

などの事実が認定できる。

(二)  さらに、医師土居通哉作成の鑑定書及び証人土居通哉の原審公判廷における供述(以下、合わせて「土居鑑定」という。)はじめ関係各証拠を合わせ考えると、被告人は、平成元年ころから覚せい剤の使用を始め、その後覚せい剤を頻繁に乱用したため、平成三年一〇月ころから覚せい剤中毒の精神症状が出現し、本件各犯行当時も、覚せい剤の慢性中毒症状が続いている状況にあつたことが認められる。

(三)  ところで、被告人は、捜査段階において、本件覚せい剤を入手した経緯、使用状況、その前後の状況、自分の主観的意図ないしその際の精神状態等について、おおむね次のような供述をしている。すなわち、自分は、以前から他人に追いかけられたり、脅迫されているような妄想にとりつかれていたので、覚せい剤をやれば治ると考え、前から知つていた横浜の暴力団事務所に電話し、平成四年一二月三〇日午後九時ころ、指示されたスーパーマーケットの前でライトバンに乗つた男から覚せい剤一袋と注射器一式を五万円で買い、覚せい剤を持つていれば、恐怖心も薄れるのではないかと思い、そのまま持つていた。そして、一月一日午後六時過ぎころからアルバイトとして新宿の歌舞伎町にある麻雀室で働き、午後一〇時過ぎころ、その仕事仲間のAに連れられて渋谷区本町にある丙川新都心マンション四〇五号室の麻雀室の寮に泊まつた。翌二日午前六時ころ、目覚めると、他人に追いかけられたり、車に追いかけられたりする恐怖感が体に走り、覚せい剤を持つていれば恐怖心が薄れるのではないかと思つて、気持ちをしずめていると、少し眠ることができた。午前九時三〇分ころ、Aから「店に行くぞ」と起こされたが、神経が休まらず、体から恐怖心が抜けきらなかつたので、同人に先に行つて貰い、落ち着くのを待つた。しかし、恐怖心が一向に薄れなかつたところから、覚せい剤を使用しようと考え、ズボンのポケットから覚せい剤と注射器を取り出し、覚せい剤約〇・〇五グラムを注射筒に入れ、台所に行つて水道の水を注射器の約四分の一くらい吸い上げて覚せい剤の水溶液を作つたが、注射をすると、注射の跡が残つてしまうと思い、注射をせずに落ち着くのを待つた。仕事に行かなければならない時間になつても、体の中の恐怖心は一向に収まらなかつたので、水溶液を飲めば注射跡も残らず、誰にも分からないのではないかと考え、午前九時四〇分ころ、注射筒の水溶液を口に流し込んだ。そして、仕事に行くためにすぐ出掛けたが、口の中が苦かつたので、ジュースを買つて飲んだ。その後、どのような行動を取つたか思い出せない。誰かと揉めて身体を捕まえられたような記憶がうつすらと残つているだけである。警察に行つて暫くしてからは記憶があるが、警察官とのやり取りについては思い出せない。被告人は、捜査段階において、以上のような供述をしている。

被告人の右供述は、詳細かつ具体的で、ことさらに虚偽のことを述べ立てたという様子もなく、自分が覚せい剤を使用するに至るまでの状況については、記憶の欠落もないと認められる。被告人の行動と主観的意図との結び付きなどについても、自分の気持ちをありのままに述べたものと窺え、内容的に了解することも可能である。とりわけ、恐怖心との葛藤の中で覚せい剤を使用するに至つた心理経過について述べた部分なども、作り事を述べているなどとは到底考えられず、まさにその述べるような気持ちから、前記(一)(5)認定のような覚せい剤の飲用に及んだものと窺われる。すなわち、被告人の右供述は、被告人の本件各犯行当時の主観的意図ないし精神状態を認定する根拠として、十分に信用することができるものと考えられる。

なお、被告人の原審公判廷における供述中には、覚せい剤を使用したときのことはよく覚えていないが、「もう少し打つんだよ」「結局、医者か警察へ行くんだよ」というような人のひそひそ声が聞こえてきた、それで自分は覚せい剤を体の中に入れないようにしたが、その後パニック状態に陥つたなどという趣旨の供述部分もあり、当審公判廷における供述中にも、覚せい剤を使用した記憶はまるつきりなく、捜査段階で話したことにつき、自分の体から覚せい剤の反応が出たのなら、記憶がないと言つても通らないと言われ、自分のこれまでの知識を合わせて、飲んだか舐めたかしたという話を作つたなどと供述している部分がある。しかし、被告人の公判段階における右供述は、それ自体内容的に矛盾する部分も多く、ことさらに自己に有利になるよう供述を歪めている様子も窺え、被告人の捜査段階における供述が、右にみたように具体的かつ詳細で、当時のことをありのままに述べたと認められることと対比して、被告人の公判段階における右供述を信用することは困難である。

3  そこで、前記2の(一)認定の客観的に明らかな事実に加え、土居鑑定や同(三)掲記の被告人の捜査段階における供述など関係各証拠を総合して、本件各犯行当時における被告人の責任能力について検討する。

(一)  原判示第一の犯行当時の責任能力について

被告人が本件当時、覚せい剤の慢性中毒症状が続いていたことは、前記2の(二)認定のとおりである。そして、被告人が本件覚せい剤を使用したことは、たしかに被告人が覚せい剤の慢性中毒の状態にあることと直接に結び付く行為である。すなわち、被告人に覚せい剤に対する依存性ないし親和性の生じていたことが、直接影響していることはいうまでもない。また、前記2の(三)掲記のように、被告人は、Aから「店に行くぞ」と起こされたころ、神経が休まらず、体から恐怖心が抜けきらなかつたので、同人に先に行つて貰い、落ち着くのを待つたが、恐怖心が一向に薄れなかつたところから、覚せい剤を使用しようと考えるに至つたなどと述べており、被告人の右供述によれば、被告人がその際軽度の幻覚妄想状態に陥つていたことも窺われる。

しかし、前記2の(一)認定の各事実によつて明らかな客観的状況に照らし、被告人が本件覚せい剤を使用した際、意識障害の生じた状態になかつたことは明らかである。また、前記2の(一)(3)及び(4)認定のように、右のようにAから声を掛けられたころ、被告人がベッドに座り込んで、ぶつぶつ独り言を言つたり、大声を出したり、目が吊り上がつたような顔付きになるなど、やや異常な行動に出ていたことも、覚せい剤に対する依存性の高まりと覚せい剤を使用することに対する心の葛藤が徐々に高まつて行く過程の出来事であつたものと認められる。右のような軽度の幻覚妄想状態に陥つていたことも、被告人の人格が覚せい剤の慢性中毒症状によつて完全に支配され、あるいはその中核的なものまでも荒廃させられていたことから生じたものとは到底考えられない。いいかえると、被告人に生じた幻覚妄想も、単に覚せい剤を使用するための発端(動機づけ)になつたに過ぎないものと認められるのである。むしろ、被告人の前日夕方からの行動、すなわち、いわゆるアルバイトで金を稼ごうと考えて麻雀店を訪れ、直ちに言いつけられるまましばらく働き、同店の店員の寮に連れて行つて貰い、同僚となつた店員らと雑談をした後、その寮内のベッドで就寝するといつた行動は、通常人の行動としてみても何ら異常はなく、その場の状況に応じたそれなりの合理的な行動に出ているものと認められる。そして、覚せい剤の使用も、被告人の右のような行動と隔絶した異常な行動ではなく、むしろ右のような行動と連なる被告人の平素の人格の表れの一つとみることができる。

以上要するに、関係各証拠を総合すれば、被告人の本件覚せい剤の使用は、覚せい剤の慢性中毒症状と一定範囲で結び付いたものであり、その意味で、被告人は、覚せい剤の使用につき通常人に比し多少抑制力の劣つた状態にあつたことは否定できないものの、右使用も被告人の平素の人格と乖離したものではなく、したがつて、その際、事理善悪を弁別し、その弁別に従つて行為する能力を完全に失つた状態になかつたことはもとより、これらの能力が通常人に比し著しく減退した状態にもなかつたものと認められるのである。すなわち、被告人が、原判示第一の犯行に際し、心神喪失ないし心神耗弱の状態になかつたことは十分に肯定できる。

(二)  原判示第二の犯行当時の責任能力について

前記2の(一)(6)ないし(8)認定の各事実に加え、同(三)掲記の被告人の捜査段階における供述を合わせ考えると、被告人が、新宿警察署において、ビニール袋入り覚せい剤一袋を所持していることを発見される直前ころ、軽度の意識障害を呈し、精神的に錯乱した状態にあつたことは明らかであり、したがつて、右所持が発覚した時点、すなわち、原判示第二の犯行につき、訴因で犯行の日時として掲げられている時点においては、自らの行為を自身で抑制できる力が失われ、あるいは著しく減退した状態に陥つていた可能性も高いものと認められる。

ところで、前記2の(一)認定の客観的状況に照らすと、同(一)(5)認定のように、被告人が、本件当日の午前九時四〇分ころ、麻雀店の寮において、その際持つて来ていたビニール袋入りの覚せい剤の一部を使つて、覚せい剤の水溶液を飲用した(原判示第一の犯行)後、その残りの覚せい剤を入れたビニール袋と注射器一式をズボンのポケットの中に隠し入れて、右寮から外に出かけ、午後〇時過ぎころ、JR新宿駅東口マイシティー地下一階に至り、そこで暴れたため、警察官らによつて新宿警察署に連れてこられ、ついに同警察署内で、右のようにズボンのポケットの中に隠し入れ、持ち歩いていた覚せい剤を発見されるに至つたものであることが認められる。すなわち、被告人は、原判示第一の本件覚せい剤の使用後、そのまま、その残量を継続所持し、同第二の本件覚せい剤所持の犯行が発覚するに至つたものである。そして、覚せい剤の所持は、いわゆる継続犯であつて、訴因には一定時点のものとして掲げられたときは、罪となるべき事実としても、訴因に掲げられた時点におけるものとして認定されることになるものの、法的評価としてはその所持が続いていると認められる限り、全体にわたつて考慮することを要するものと考えられる。すなわち、覚せい剤の所持は継続している間各別の時点で別罪を構成するものではなく、ある時点について裁判を経たときは、他の時点における所持にも既判力が及び、再度起訴することもできなくなるのであるから、本件におけるように、覚せい剤を所持した者が責任能力を有するかどうかについては、所持が継続していると認められる間全体にわたつて考えなければならないというべきである。ある時点においては心神喪失ないし心神耗弱の状態にあつたとしても、その時点に至る前には完全な責任能力があると認められるような場合、責任能力のあつた間の所持につき刑事責任を問うことができるのはいうまでもない。しかし、いつたん心神喪失ないし心神耗弱の状態にあつたとの判断を行つたときは、それが最終の時点における所持のみに係る判断であつても、一罪の関係に立つその時点以前の所持につき起訴することもできず、結局、全体としてみれば所持罪を構成する行為について正当な法的評価ができなくなることになるのである。

そして、これを本件についてみると、本件覚せい剤の所持が開始した時点、すなわち、被告人が麻雀店の寮で覚せい剤を使用した直後、本件覚せい剤をズボンのポケットに入れて寮の外に立ち出た時点においては、意識障害ないし精神錯乱状態になかつたことは、前記(一)認定のとおりである。すなわち、被告人は、当初の時点では、本件覚せい剤の所持につき、これが覚せい剤の慢性中毒症状と一定範囲で結び付いたものという意味で、通常人に比し多少抑制力の劣つた状態にあつたことは否定できないものの、このように本件覚せい剤を所持するに至つたのも被告人の平素の人格と乖離したものではなく、したがつて、その際、事理善悪を弁別し、その弁別に従つて行為する能力を完全に失つた状態になかつたことはもとより、これらの能力が通常人に比し著しく減退した状態にもなかつたものと認められるのである。したがつて、被告人の本件覚せい剤の所持が、右時点から新宿警察署で所持品検査を受けるまで継続しているものであることは、前記認定のとおりであるから、本件所持を全体として実質的にみると、新宿警察署においては被告人が精神的に混乱を来たし、錯乱状態を呈していたことを考慮しても、被告人は、本件所持に当たり、心神喪失の状態になかつたことはもとより心神耗弱の状態にもなかつたと考えられるのである。すなわち、被告人は、原判示第二の本件覚せい剤所持の犯行についても、完全に責任能力があるものと認められる。

4  以上要するに、関係各証拠を総合すれば、原判示第一及び原判示第二の犯行いずれにおいても、被告人が心神喪失ないし心神耗弱の状態になかつたことが優に肯認できるのである。したがつて、被告人に右各犯行に関し完全な責任能力があると認めた原判決は、その認定の根拠として説示するところには、右と多少異なる見解によつて立つ部分もあるとはいえ、結論において誤りはないというべきである。すなわち、原判決には所論のような事実認定の誤りはなく、論旨は、理由がない。

三  控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人を懲役一年六月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、本件は、被告人が、覚せい剤約〇・〇五グラムの水溶液を飲用使用し(原判示第一の事実)、覚せい剤約四・三四九グラムを所持していた(原判示第二の事実)という事案であるが、被告人は、前記二で検討したように、本件各犯行当時、覚せい剤の慢性中毒症状が生じていたものであり、被告人の覚せい剤に対する親和性、依存性は顕著である。しかも、被告人は平成四年七月二日(同月一七日確定)に覚せい剤取締法違反の罪で懲役一年六月、四年間執行猶予に処せられたのに、厳に身を慎まなければならないその執行猶予期間中に、再び同様の罪を犯したものであり、その意味でも厳しく咎められてもやむを得ないところである。したがつて、このような諸点に照らし、被告人の刑事責任は、決して軽いものではない。

そうすると、被告人は、今後同じようなことを繰り返さないためにも、治療を受けたいとして、反省の態度を示していることその他、所論指摘の被告人に有利な事情を十分に考慮しても、被告人を懲役一年六月に処した原判決の量刑は、やむを得ないものであつて、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は、理由がない。

四  よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本時夫 裁判官 円井義弘 裁判官 河合健司)

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